こんにちは、マモルです。

「11/7先祖解除セッション」昨日をもって、申込受付を終了させていただきました。

お申し込みいただいた皆様、ありがとうございました。

しっかり取り組ませていただきますね!

それでは、前回の「8/14先祖解除セッション」でいただいているご感想、その7です。

今年お母様を亡くされたということで、私の「先祖解除セッション」を、初めてお申し込みくださった、YN様。

亡きお母様からのメッセージではないか、という出来事や夢があったそうです。

 

【YN様から、セッション翌日の8/15にいただいたご感想  ※一部略】

セッションのご報告のメール、よく読ませて頂きました。

「ただ黙って耐えるのが美徳、起こることは天命としてあるがままに受け入れるべきと思っている」というくだりは、まるで私の両親(生きている父も、先日亡くなった母もですが)の生き方そのものでした。

私自身も、それが良いことだと、いまだに思っている気がします。

というか、読んでしばらくは、「それが自分たちのことだ」とは、まったく気づきませんでした。

・・・と、ここまで書いたところで、いま、左手首につけている、先日亡くなった母の形見のブレスレットが、何もしないのに、プツッと切れました!

びっくりしました。家の中で良かったです。

そして、長い間、夢はほとんど見ない、見ても覚えていないことが多かったのですが、今回のセッションに申込んだ8月8日の日から、いくつか覚えているものがあります。ご報告させてください。(先ほどのブレスレットをし始めたのも、思い返せば、8日からでした)

《申し込んだ日の夜の夢》

遊園地にいる。景色は異なるが、たぶん、子供の頃の夏休みに、いつも行ったところだと思う。

両側が、高いコンクリートで囲まれた、あまり遊園地っぽくない坂道。

母方の叔母(母の弟の妻)と、いとこ(長女)が、「忍者屋敷に入ろうよー」といって、入っていく。姿形は、今の年代、大人になっている。

フリーパスを持っているはずなのに、叔母は、わざわざ忍者屋敷のチケットを買っている。「買わなくても入れるのに」と思う。

私は入らずに、入り口の前に立っている。

道の向かい側に、父方のいとこ(男性)がいる。

「ボクは忍者屋敷なんて入らないよ、それより、野外劇場の、さだまさしショーを聴きに行くんだ」と言う。

「え、ふだんならヒーローショーをやっているようなする芝生前の舞台に、さだまさしさんが来てくれるの?」と、私は思う。

いつのまにか、そのいとこの父(つまり私の叔父で父の弟、もう他界しています)が、私の横にいて、「そうだね」と、さだまさしプランに同意している。

そうすると、いつのまにか、私のそばの壁に、壁掛け式の電話の受話器が現れて、私は受話器をとって、耳にあてる。

すると、さだまさしさんの歌で、「幸せですか、幸せですか、あなたー今ー、何よりそれが、何より1番、気がーかりー」まで流れた。

「あー、母が私に言いたいことが、ここから聞こえたんだな」と、夢の中で、突然納得する。

目が覚める。

《次の日の夢》

広ーい砂地みたいだが、お寺に来ているよう。

はるか向こうに、お坊さんが、こちらを向いて、やや高い場所に座っている(今思うと、位置としては、お坊さんではなく、御本尊が座るはずの場所のように思える)。

私は近づいて、その有難いお話を聴こうと、その前に座ろうとする。

高さのあるスツールが並べられいて、その上に上って、コロコロに膨らんだ硬いクッションの上に正座しようとするが、何度試してもバランスが取れずに、地面に転がり落ちる。

でも、痛みとか、嫌な気持ちはしない。

どだい、無理だよねーと思っていたら、すぐ左隣に、会ったことのない30代ぐらいの女性も同じことしていて、2人で顔を見合わせて、可笑しそうに、エヘエヘニコニコ笑う。

お寺のスタッフ?が右から来て、「地面にクッション敷いて座ればいいですよ」と言う。

お坊さん(御本尊?)の向かって左奥に、暗い部屋、空間があり、紫色の光がある。

「あー、母は、あの奥にいるのかなあ」と思う。

目が覚める。

時計をみると、2:22。

わー、草木も眠る丑三つ時なんて、コワイと思った。

《セッション前日の夢》

昭和っぽい古い感じのスーパーマーケットの、洋服の販売コーナーに、私は一人でいる。

タレントの友近さんが、接客してくれる。

私の右肘外側から手首にかけて、一直線に刃物で切ったような、長い切り傷が現れる。

痛みはない。

試着するのに、汚れたらいけないし、困ったなと思う。

縫わないといけない傷だと思うが、応急処置として、絆創膏を傷に垂直に、縫うようにして、10枚ぐらい隙間なく貼ってみる。

これでバッチリと、満足する。

お店を出たら、先程のお店よりも近代的な駅ビルがあり、そこに向かう。

何故か、黒いパンツスーツを着た、タレントの故・飯島愛さんが、私の後ろに付き添っている。

いつのまにか、私は、「実は先日、母が亡くなったんです」と、うちあけている。

愛さんは、それを聞いて、泣いてくれる。

目が覚める。

以上です。

芸能人の登場が多いのですが、別にファンだとか、最近テレビで見たとかいうわけでもないので、不思議です。

ありがとうございました』

 

・・・YN様、ありがとうございました。

細かい解説は致しませんが、もう全て、亡くなったお母様からのメッセージですね。

「そんなに悲しんでばかりではいけないよ。もう十分だから、自分の幸せを大事にしなさい」というメッセージ。

夢で聴いた、さだまさしさんの歌は、本当にもう、そのまんまで。

お母様が望んでいることは、YN様が、幸せに生きること。

形見のブレスレットが突然切れたのも、「そうだよ、よく気づいたね」というメッセージ。

そして、同時に、ブレスレットという、「輪」になって閉じているものが切れたということは、「解放」をも、意味しています。

それはつまり、「黙って耐えるのが美徳」という、先祖代々受け継がれてきた思想・信念体系からの「解放」であり、「ただ我慢を強いられる呪術」からの「解放」が始まった、ということ。

お寺の夢も、切り傷の夢も、「解放」につながる、一連の流れとして、見せられているものですね。

そのようにして、YN様の中にたくさんある、「悲しみにつながりたがるエネルギー」からの「解放」が、始まっています。

自分の中に「悲しみ」のエネルギーが色濃くあるからこそ、自分に「悲しい境遇」を具現化させ、無意識に、わざわざ、「悲しい生き方」を選ばせてしまう。

だからこそ、これ以上、YN様が「悲しみ」とつながりすぎないように、幸せに明るく生きられるようにと、亡きお母様が、働きかけている。

YN様、どうぞ、その思いを受け取って、「悲しみ」へとフォーカスしがちな癖を、意識的にも、どんどん解放していってください。そして、自分を大事にして、幸せになってください。

それこそが、亡きお母様が、一番喜んでくれることですからね。

YN様が「幸せへと向かう道」を、これからも、応援させていただきますね。

きょうも明るいほうへ  マモル