こんにちは、マモルです。

昨日のブログの続きです。新田神社は、鹿児島県薩摩川内市の神亀山(しんきざん)という、亀の形にも見える、小高い山の上にあります。ざっくりとした図はこちら。

で、亀の頭のところに、端陵(はしのみささぎ)、首のところに、中陵(なかのみささぎ)と記されているところがありますが、実はここ、瓊瓊杵尊様のご家族の御陵社(お墓にして神社のこと)なんですね。どなたのものか、ご存知ですか?

実は、端陵が、瓊瓊杵尊様の妃神・木花開耶姫尊(コノハナサクヤヒメ)様の御陵、中陵が、瓊瓊杵尊様の皇子神様、火闌降命(ホスセリノミコト)様の御陵・・・とされているのです。

実はいまだに、こちらの2つの御陵社にはお詣りしたことがなかったので、今回初めて、ご挨拶してみることにしました。

いったん神社から山の下へおりて、それから、住宅街の中を歩いて向かいます。実はこの神亀山、山の5分の4が「山陵」に指定されているので、周囲はフェンスで囲まれているんですね。そのフェンスを確認しながら10分ほど進むと、このようなゲートが見えてきました。

お詣りの人のために、鍵はかかっていないので、ゲートを開けて入ります。すると、写真の奥の方に見える、ちょうどアスファルトが途切れたところから、道が左右に分かれています。そして、まず左側をみると、こちらの鳥居が。

これが、まず中陵への入り口です。ここから階段を数分登っていくと・・・見えてきました。中陵です。

うーん、小さな御陵社で、ちょっと寂しい感じもしますね。

火闌降命(ホスセリノミコト)様は、日本書記の記述では、海幸彦・山幸彦の話の、海幸彦にあたります(※古事記だと異なります)。そして、山幸彦との争いに敗れ、隼人の祖となります。隼人は、しばしば大和政権に反抗したそうですし、そういうことも含めて、ちょっと寂しいお墓になってしまっているのもしれませんね。ちなみに、勝った山幸彦=火遠理命・彦火火出見尊については、宮内庁に治定されている、高屋山陵という立派な御陵があるんですよね。ちょっとかわいそうな気も。

お墓ですし、波長を合わせるのはやめて、ご挨拶だけして、失礼させていただきました。

そして、また分かれ道のところに戻り、今度は、右側の道に進みます。ちょっと進むと、また別の鳥居が見えてきました。

こちらが、端陵への入口です。階段を数分登ると・・・見えてきました、端陵

え、これ?・・・うーん、火闌降命様よりは、ちょっとだけ敷地の広い御陵社でしたが、正直、寂しいですね・・・美女神として有名な木花開耶姫尊様のお墓なのだから、もうちょっときれいにしててもいいのに。そんな不遜なことを思いつつ(ごめんなさい)、ご挨拶をさせていただきました。こちらでも、特に波長を合わせたりはせず、感謝の気持ちのみ、お伝えさせていただきました。

すると、特に波長を合わせようとしたわけではなかったのですが、なんだか一瞬、花が一輪ついた桜の木の細い枝?みたいなものが見えた気がしました。すぐに消えてしまったのでよくわかりませんでしたが、やはり、「花」の神様、ということなのでしょうか。

というわけで、端陵、中陵への初めてのご挨拶でした。正直、あまりよくわかりませんでしたが、また時間があるときに、ゆっくりお詣りさせていただこうと思います。わが産土神社のことですから、自分としては知っておかないといけないし、できれば、より多くの方に知ってもらいたいですしね。とにかく今回、初めてご挨拶できてよかったです。

昨日のブログの瓊瓊杵尊様のお墓の件と同様に、木花開耶姫尊様のお墓についても、諸説あります。そのあたりのことは、今回も華麗にスルーさせていただきますね。ご了承くださいまし。

きょうも明るいほうへ  マモル

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