こんにちは、マモルです。

昨日のブログで、「学びという言葉の罠」についてお伝えしましたが、同じように言葉の意味をすり替えられて使われている言葉に、「徳を積む」とか「修行」とかありますね。自分が我慢して耐えることが、「来世への徳を積む」ことになり、「魂の修行」につながるのだ、という考え方。

もちろん、きちんと本当の意味で、それにあてはまるケースもあるでしょう。でも、私が問題として指摘しているのは、そういう言葉で自分をごまかして、無理やり納得させて、「自分の思いを封じ込める」「自分の今世の幸せを諦めてすごす」というケース。それは、ちょっと違うんではないかと。

だって、自分をごまかして、無理やり納得させている時点で、それは「嫌だ」と思っている、っていうことですよね。「嫌だ嫌だ」と思いながらやっているのであれば、それは自分に嘘をついているということ。つまり、そういう方は嘘つきだ、ということです。「嘘つきはやめよう」という話は、このブログでも何度もお伝えしておりますね。むしろそれは、「来世への徳を積む」どころか、「来世に持ち越す業(カルマ)をさらに増やす」行為です。「こんなに修行したのに何も良くならない、悔しい」という無念の思いを残してしまう行為です。

まずは、「嫌だ」と思っている自分を認めましょう。それをちゃんと相手や周囲に伝えましょう。そうすれば、「じゃあどうすれば、嫌じゃなくなるか、状況を改善できるか」という方向に意識が向かいます。

そう、状況改善、問題解決に意識を向け、それに「今世」で取り組むことこそが、本当の意味での、「学び」であり、「徳を積む」であり、「修行」なんだと、私は思っています。

そしてそれは、ちょっとした発想の転換や視点の変化で、意外と簡単にできちゃうことかもしれませんよ。

せっかくの「今世」、楽しくなくちゃ、幸せじゃなくちゃ、生まれてきた意味がないじゃないですか。自分に正直に生きる・・・それが楽しく幸せに生きるための、シンプルかつ一番大事なことだと思っています。

きょうも明るいほうへ  マモル

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